ふくログ!

考え事を1000文字程度でサラッと流すだけの日記

ナンパ・アンド・ロックンロール

冷たい風吹く真冬のある日、午後五時半の新宿で、彼女は男に絡まれた。

「オレと一緒に遊ぼうよ。夕飯ごちそうするからさ」

赤と黄色のド派手なキャップに履き古されたスニーカー、腰に下がった太いチェーン。男の身につけるものすべてに彼女は嫌悪を抱いた。ついでにいえば、キャップの下のニヤニヤ笑いも見ていて大変不愉快だった。

「すみません、急いでいるので」

小さな声で懸命に、男の誘いを断る彼女。しかし何度拒めど男は少しも諦めない。彼女が小走りになっても、男は走ってついてくる。ついに男は彼女の腕をガシリと掴み、

「ねえ十分でいいからさ!」

と、強い口調で食い下がった。

その瞬間、

「しつこいんだよ!」

鋭い声で彼女が怒鳴った。大人しそうな外見からは想像できないその声に、男は一瞬固まった。スカートの裾を両手で掴み、怒りに肩を震わせながら、彼女は男をねめつけた。

すると突然、新宿中の街灯がくるりと勝手に向きを変え、彼女一人を照らし出した。どこからともなくドラムがリズムを刻む音が鳴り響く。その重たく激しいビートに載せて、彼女は野太くしゃがれた声で歌い出す。

「しつこいお前に用はない

構ったところでしょうがない

まったく不愉快サタデーナイッ」

街中の人が足を止め、彼女の姿に釘付けになる。ナンパ男はあっけにとられ、ぽかんとその場に立ち尽くす。彼女の歌はなおも続く。

「満身創痍なマイソウル

今日も理不尽なことばっかりで泣きそう

早くお家に帰ってゆっくり過ごそう

思ったところでお前が…そう!」

彼女が指をパチンと鳴らすと、人混みから一人の男がエレキギターを肩に背負って、彼女の横に躍り出た。皆があっと声を挙げる間もなく、轟音のギターソロが始まった。髪を振り乱し激しい旋律を鳴らす彼に、人々はハッと息をのむ。やがてギターのそれを上回る超人的な音量で、彼女はシャウトし始めた。

「ユー・ブレイクス・マイ・ホリデイ! ユー・ブレイクス・マイ・ホリデイ!」

彼女は叫び続けながら、ナンパ男を指さした。狂気を孕んだ彼女の瞳に男は恐怖をはっきり感じ、くるりと背を向け逃げ出した。

 

ところが男の背後には、彼女の歌に興奮しきった人々の群れが出来上がり、男一人が通れるほどの隙間さえも無くなっていた。彼らは充血しきった両目を見開きこぶしを突き上げ叫ぶのだ。

「ユー・ブレイクス・マイ・ホリデイ!」

「ユー・ブレイクス・マイ・ホリデイ!!」

彼らのシャウトに応えるように、エレキギターのひずんだ音が新宿の街を駆け抜ける。彼女はハンドマイクを片手に頭をぶんぶん振りながら、聴衆を煽りに煽る。

「オーケー、エブリバディー! ユー・ブレイクス!」

「ユー・ブレイクス!!」

「マイ・ホリデイ!」

「マイ・ホリデイ!!」

彼女の生みだす音楽に酔いしれる人、その数一万人あまり。新宿が、いや東京中が彼女を中心に大きく揺れる。天高く突き上げられた彼女のこぶしは誰よりも強く美しい。人波にのまれてもがいていたナンパ男の行く末は、誰も知らない。